財団のご案内

平成23年4月に内閣総理大臣より公益財団法人の認定を受け、
「公益財団法人 十四世六平太記念財団(こうえきざいだんほうじん じゅうよんせいろっぺいたきねんざいだん)」と名称変更をいたしました。
財団は十四世喜多六平太の功績を記念して、昭和46年に十四世喜多六平太記念能楽堂内に設立しました。
当財団は運営目的を達成する為に、以下の事業を行っております。
  • ① 十四世喜多六平太記念能楽堂の維持運営
  • ② 演能会、研究会等の開催および援助
  • ③ 能楽伝承者の養成および助成
  • ④ 能楽の普及
  • ⑤ 十四世喜多六平太の有形・無形の遺品および関連資料の保存と収集
  • ⑥ 能楽に関する調査研究および資料収集とその提供
  • ⑦ 能楽に関する出版物の刊行
  • ⑧ その他の事業に付随する事業

公益財団法人十四世六平太記念財団 理事長より皆様へ

この度、平田胤明先生の後を受けて、当公益財団の理事長に就任しました。どうぞお見知りおきをお願いいたします。
私は、平成18年から5年余にわたり最高裁判所判事の職にあり、昨年2月に退官しました。それ以前は弁護士を長らくしておりました。
能楽関係については、喜多流は勿論のこと、他の流派のことも含めて全く知識を持ち合わせない、文字どおりの門外漢であります。
ただ、平成8年ころから約10年間、当時の理事長内藤頼博先生の御縁で財団の顧問を仰せつかり、日常の法律相談等に応じるとともに、若干の紛争事案に関与した経験があります。何回か理事会にも同席させていただき、内藤理事長の堂々たる議長ぶりや、園田天光光理事(後に理事長)の歯切れのよい発言等に接し、大変強い印象を受けたことがありました。
その私も、一般的な知識として、能が日本の文化の根底において果たしてきた役割については、一定の理解をしているつもりです。名人と謳われた故十四世喜多六平太師の功績を記念し、故人の遺された能楽の伝承とその興隆に努め、全国各地に点在する芸統の存続・高揚をはかるという目的の下で、財団が喜多能楽堂の維持運営を着実に遂行しながら、演能会、研究会等を開催・援助し、さらには能楽伝承者の養成及び助成を図る等の活動を一層充実発展させる事業がいかに重要なものであるかは関係者の皆様が最もよく理解されているところであります。
今後は、友枝昭世常務理事を始めとする理事、監事の先生方のご指導・ご協力をいただきながら、理事長として誠心誠意努力させていただく所存でありますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

公益財団法人十四世六平太記念財団  理事長 那須弘平

財団の沿革

明治25年喜多流能楽会(のち喜多会と改称)結成後、大山巌邸舞台の払い下げを受け、明治26年飯田町に喜多舞台(鏡板揮毫川辺御楯画伯)を建設したのがはじまりです。
明治初年よりの大正12年の関東大震災により舞台は焼失しましたが、昭和2年侯爵浅野家別邸能舞台の寄贈を受け、四谷に新たに喜多能楽堂(鏡板揮毫熊谷直彦画伯)を建設。その後昭和20年の東京大空襲で再び焼失はしました。
戦後の混乱期を乗り越え、昭和30年には現在の地に喜多能楽堂(鏡板揮毫 江崎孝坪画伯、前田青邨画伯監修)を再建しました。
武家政治崩壊後、退潮の兆しを見せていた能楽界の復興に大きく貢献し、また絢爛にして変幻な芸風で大衆を魅了した故十四世喜多六平太の功績を記念し、昭和46年、舞台の維持と後継者の養成・公演事業の展開等を目的として財団を設立されました。
これを契機に昭和48年には能楽堂を改築し、平成8年には見所関係の一部改修、また平成19年には舞台の若返りとして床板の張り替え工事を行い、現在に至っています。

財務諸表

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