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喜多能楽堂、再開しました!

2020年7月17日

 緊急事態宣言を受けて、3ヶ月以上休館となっておりましたが、おかげさまで7月11日、ようやく舞台が動き出しました。

 本日から数回にわたり、喜多能楽堂をご紹介します。

第1回目「喜多能楽堂のはじまり」

 明治25年喜多流能楽会(のち喜多会と改称)結成後、大山巌邸舞台の払い下げを受け、明治26年飯田町に喜多舞台(鏡板揮毫川辺御楯画伯)を建設したのがはじまりです。
 大正12年の関東大震災により舞台は焼失しましたが、昭和2年、侯爵浅野家別邸能舞台の寄贈を受け、東京・四谷に新たに喜多能楽堂(鏡板揮毫熊谷直彦画伯)を建設。その後昭和20年の東京大空襲で再び焼失しました。
 戦後の混乱期を乗り越え、昭和30年には現在(東京・品川区上大崎)の地に喜多能楽堂(鏡板揮毫 江崎孝坪画伯、前田青邨画伯監修)を再建しました。
 武家政治崩壊後、退潮の兆しを見せていた能楽界の復興に大きく貢献し、また絢爛にして変幻な芸風で大衆を魅了した故十四世喜多六平太の功績を記念し、昭和46年、舞台の維持と後継者の養成・公演事業の展開等を目的として財団が設立されました。
 これを契機に昭和48年に能楽堂を改築し、平成8年には見所の一部改修、また平成19年には舞台の若返りとして床板の張り替え工事を行いました。
 平成23年4月、内閣総理大臣より公益財団法人の認定を受け「公益財団法人 十四世六平太記念財団(こうえきざいだんほうじん じゅうよんせいろっぺいたきねんざいだん)」と名称変更をいたし、現在に至っています。